名将ザファルの名言2『拳奴死闘伝編』

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時に厳しく、時にもっと厳しいザファル先生。

しかし師弟の信頼関係は厚く、多くの名言によって弟子たちを導いていく。

 

今回は、コンコルディア闘技祭がメインの舞台となる『拳奴死闘伝セスタス』でのセリフだ。

 

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闘技祭の予選を観戦する一団。オンボロ闘技場で騒がしさの中戦うセスタスを心配する弟子に対して

 

「これしきの「雑音」で

集中できぬようでは到底勝ち残れん」

 

―――戦いの中で、不利に感じる条件の時もあるだろう。

場が整っていないと感じる時もあるだろう。

しかし、強いというのは、そういう事を気にしない力も含まれているのかもしれない。

 

予選に挑むセスタスの胸中の不安を察して

 

「鍛錬の成果は身についたのか?

どこまで自分は強くなったか?

真価は実戦でしか計れない」

 

―――「練習ではうまくいったのに」という言い訳を口にしてはいないだろうか? そして自分の力が明らかになるのを恐れ、練習に逃げてはいないだろうか?

本番での出来が自分の真の実力だという事を思い出させてくれる言葉だ。

 

思ったようにいかないフラストレーションをぶつけられ無言で受け止めるザファル。「頭を冷やして来ます・・・」というセスタスに対して

 

「体は冷やすなよ」

 

―――部下や後輩に口げんかを売られて、それに乗って同じレベルで罵り合いをしてしまう上司は見ていて情けないものだ。

知恵に富む年配者の方が、威厳を持って冷静に受け止める精神と、ケンカを売られてなお的確なアドバイスを送る包容力を持たなければいけないと気付かせてくれる一幕だ。

 

つるはしのトレーニングによって、もう少しで何かが掴めそうだが、それが何かがわからないというもどかしさを感じているセスタスに対して

 

(ニヤリ)

 

「俺はもう一から十までは教えんぞ!

今後重要な事柄は

お前自身で発見して身に付けるのだ!」

 

―――分からない事を丁寧にすべて教える時期も確かに必要だろう。

しかし、いつかそれを卒業しなければいけない時期が必ず来る。

自分で成長していく力を身に付けていく事こそ、その者にとっての真の成長につながるのだ。

発見力無き者は、次に上に立つことは出来ない。

本当の成長を願っているなら、自ら開眼する方法をさりげなく身に付けさせてあげるのがいいだろう。

ついでに言うと、ザファル先生はこの後、9.5くらいまでは答えを教えてしまっている。

 

筋肉を絞める打ち方を完璧に体得したセスタスを見て

 

メキ・・

メキ・・

メキィ

(にっこり)

 

―――弟子が開眼した喜びから、思わず闘技場の木の板をメキメキしてにっこりしたザファル先生。

普段感情を抑えている人が、何かリアクションを起こすと、とても感情が伝わってくるいい例だろう。

言葉だけが名言になりうる訳ではないのだ。

普段の生活で「なに考えてるのかわからない」と言われる人は、木をメキメキしよう。

 

 

決勝の対戦相手の試合をこちらだけ見られなかった不利を訴える弟子3人に対して

 

「一試合見て知った気になるのも危険だぞ

闘いは相対的だ

その日限りの「相性」もある」

 

―――付け焼刃の対策が、かえって自分の不利を招く事もあるということだろう。

とはいえ出たとこ勝負でなにかに挑戦するには、普段からの備えと起きた出来事に対する柔軟性、ひいては想像力と創造力が必要になってくるだろう。

 

予選決勝戦、足を挫き、壁際に追い込まれたセスタスを見て絶望する他の弟子。ザファルは試合の状況を冷静に分析して

 

「諦める要素がどこにある!?

意思無き者に前途(みち)など拓けようか!?

 

―――ザファル先生のこの言葉を、もう少しわかりやすく翻訳すると、

「あきらめたら そこで試合終了ですよ・・・?」という言葉になる。

全く聞いたことはないが、なんだかこれも名言になりそうな言葉である。

本当に負けるときは心が負けを認めた時なのかもしれない。

 

 

弟子がつるはしの鍛錬の目標が知りたいと言ったのを聞いて

 

「フッ」

パンッ

 

―――リンゴが割れた。

いや散った。

時には言葉ではなく、実力を見せてやることによって、普段の一言に重みが増すのだろう。

「やってみせ 言って聞かせて させてみて 褒めてやらねば 人は動かじ」

有名な山本五十六の名言が聞こえてきそうである。

ただし、ザファル先生はめったに褒めない。

 

 

リンゴを握りつぶしても、まだピンと来ない様子の弟子たちを見て

 

「・・・まだピンと来ない様子だな

実用して見せねば解らぬか」

 

コッ オン

カラ カララ・・・

 

―――今度は木材が砕けた。

ザファル先生の辿り着いた打法の極限。

ゼロ距離打撃「無間」である。

「俺はもう一から十までは教えんぞ!」誰が言ったのかはもう忘れたが、そんな言葉が私の頭をよぎった。

 

大会数日前、練習が足りないのではと焦るセスタスに対して

 

「焦りは解るがその不安を払拭しようと

過度な鍛錬で体を痛めたら元も子もないとは思わぬか?

優先すべき要点は

予選会で消耗した体力の回復

実戦感覚の覚醒調整

 

この大会は長丁場だ!

力を蓄えておかねば乗り切れぬぞ

 

重圧に負けた物から脱落するのだ

闘いは既に始まっていると肝に銘じよ」

 

―――スポーツをやっている時、会社の発表の時、不安のあまり練習をしすぎてしまった経験はないだろうか?

最も高いパフォーマンスを発揮できるレベルに本番までに整える事も戦いのうちなのだ。

直前まで練習すればするだけできるようになるというのは大きな間違いなのだ。

 

大会出場闘士の特権として豪華な食事が食べ放題のセスタス。

自分ひとりだけ御馳走にありつく事に申し訳なさを感じるセスタスに対して

 

「気に病む事はない

存分に食え!

どうせ皇帝の「奢り」だ」

 

―――周囲への配慮から、せっかく掴んだチャンスを自分から逃してしまった経験はないだろうか?

チャンスを掴んだら活かす。それが礼儀だ。

しかし、その事がわかっていても、目上の人間のゴーサインがないとなかなか踏み出せないものだろう。

ザファル先生はその心理を理解していたのだ。

 

師匠デモクリトスと再会したザファル。

膝の故障を心底残念がる師匠に対して

 

「未練を残す余裕なんか無かった

俺はいつだって

現在(いま)の使命だけで手一杯でね」

 

―――最強の栄冠が手から離れて行っても、それを惜しむ暇さえなく、自らの使命を実行する。

そんな男の言葉だから、こんなに心に響くのだろうか。

過去にすがるのではなく、現在を生きる漢の強さを見せつけられた。

 

 

アドニスの戦いを見て、自分と同様の強みを持ち、なおかつ自分よりもはるかに格上だと感じたセスタス。

動揺を隠せず、走りに行くセスタスを心の中で慮りながら

 

(だから何だ?

それがどうした?

これまでだって血を流しながら一歩ずつ

茨の坂道を歩んで来たではないか!!

向かい風は最初から

毎日が「試練」だった

 

覚悟を決めろセスタス

真剣勝負を決するのは才能の「格」ではないぞ!

進め!!!

ようやく頂上が見えて来たのだ!!)

 

―――これまでも師弟の二人三脚で、自分より体格で圧倒的に勝る相手に、努力と創意工夫で勝ち上がってきたのだ。

二人の絆、信頼、決意がみなぎる、この漫画のテーマともいえる名言だ。

 

セスタスの逆転勝利に涙を流すペドロを見て

 

「この機会におまえ達にはっきり言っておく

どれほど他者に憧れたとしても

人間(ひと)は決して

自分以外の「誰か」にはなれない!」

 

―――尊敬する人や憧れの人の真似をしたことがある人もいるかもしれない。

しかし、自分には自分の成長の仕方があるという事を知っておきたい。

「あの人のように」という呪縛が自分の成長を妨げることが無いように気をつけよう。

 

セスタスとムタンガの死闘が終わり、全力を尽くした敗者は恥じる必要はないとしながらも

 

「俺は綺麗事は言わん!

「一敗」から得られる教訓も貴いものだが

「一勝」の価値は

比較にならぬ程重い!!」

 

―――「負けた悔しさをバネに」という言葉はよくあります。

実際負けた後に発奮して強くなったという人もいるでしょう。

しかし、勝った時に得られる経験、自信、次のチャンスというのはその何倍も人を成長させてくれます。

勝負は無限にできるわけではありません。常にラストチャンスのつもりで勝利を目指しましょう。

(とはいえ全力で戦った敗者は勝者とともに称賛されるべき存在でしょう)

 

 

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