アークザラッドの新作がアプリで登場!

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『光と音のRPG』というキャッチフレーズで有名なあのアークザラッドが、完全新作で登場するという情報を手に入れた。

 

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アプリでの登場とのことなので、どのような中身になるのかは不明だが、アークザラッド1,2を手掛けたオリジナルスタッフが集結するという事で期待は高まっている。胃

イメージ動画は、上がっているので気になる方は見てみるといいだろう。

動画の中には、地面に埋まり、壊れたシルバーノア(飛行船)の映像や、崩壊したスメリアのマークをした建物(スメリアの城だと思われる)を再建する映像などが流れている。

時系列としては、アークザラッド3以降で精霊の黄昏までの間だろうか?

遺跡のような雰囲気さえ漂っていたので、精霊の黄昏行こうとも考えられている。

 

明言はされていない。

イメージ画像には、赤いはちまきをしたアークとエルク(にしては髪型が違うような気がするので別人かもしれない)が映っていたので、ストーリーのつながりを感じる。

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アークザラッドの何が好きだったか?

アークザラッド1はエピローグみたいなものですぐに終わってしまったが、それでも

消費MPがゼロになるロマンシングストーンや隠しアイテム、隠しキャラ、隠し特殊能力、など魅力にあふれていた。

2でもそれは引き継がれており、1000まであるレベル、普通に進めていたら、太刀打ちできなくなる敵、狙わないと揃わない合成、モンスター、成長率がアップするアイテム、絶対パンパンになるアイテム(これは嫌だった)、グルガなど魅力あふれる要素がたくさんあったのだ。

ギルド仕事なども全部やろうとしたらプレイ時間は百時間を余裕で超えてしまう、当時としては非常にボリュームがあるゲームだった。モンスターゲームというゲームで、自分が育てたモンスターを戦わせることが出来るだけでなく、反則級のアイテムまで手に入るのは楽しい物だった、セーブ&ロードを繰り返して、能力値をマックスまで上げた時の『一瞬楽しくなるけど、すぐ空しくなる感』も味わい深い。

アークザラッド3以降も楽しかったが徐々にファンが愛したアークザラッドの良さが薄れていき、残ったのはアークザラッドらしいけどそんなに好きじゃないキャラ絵とチョコとヂークベックだけだった。

アークザラッドの最新作は買いか?

今回発表されたアークザラッドの最新作はアプリ向けという事で、多少の不安はあるが、新作が出来るという事でワクワクの方が大きい。

たとえ評価でズタボロにされようとも自分は絶対に買うだろう。

最近は消費者のハードルがあがりすぎて、皆テレビに出てくる評論家みたいになってしまったが、どんなゲームだろうとやってみれば楽しい物だ。

最近は相対評価でゲームを見過ぎて、もう究極のものでしか満足できない人も現れ始めている。

楽しい部分を見出し、物事を楽しむ力が衰えてきた人が多いように思う。

本当につまらない物でも自分は楽しめる自信がある。

何より思い出補正というのは強いものだ。

ゲームを楽しめないと言っている人にはどのようなタイプがあるのか?

大人になってきて、ゲームは卒業したという人はどれくらいいるだろうか?

私も、社会人になってからはゲームがだんだんつまらなく感じるようになり、ほとんどやることはなくなった。

たまに買っても、すぐに飽きてしまうかとにかく速く物語を追うようにクリアを目指して終わらしてしまう。やり込みなどもっての外だ。

大人になると時間もなくなるし、何より様々な事を経験し、人が作った物(ゴールややることが大体きまっているもの)に満足できなくなるのではないだろうか?

なので、つまらないなと感じると自然とゲームを行うことからフェードアウトしていってしまうのだ。

しかし、つまらないと感じていても、ゲームをやり続ける人がいる。

ゲームに低評価を与え続ける人を見ると、

「多分この人は、ゲームをやりすぎて、もう面白く感じられなくなっているのだろうな」と思う。

悪い事ではなくて、予測できることはつまらないという事だ。

次に何が起こるんだろうというわくわく感ではなく、あぁやっぱりこの展開ね、という確認作業を延々と行うのだ。

そしてたまに思っていたのと違う展開が来たとしても、「あ~、これどっかで見た展開だな」と他の作品に当てはめて考えてしまうのである。

 

ゲームと言うのは所詮、人間がスタートからゴールまで考えた物でしかないのだから、たくさんの物をやっているうちに、似たり寄ったりになってきてしまうのだ。

大人までゲームをやりまくった人が楽しめるゲームなどは、もう対人戦のものくらいしかないのかもしれない。

 

しかしつまらなく感じてもやめない人はいる

作品に文句をつけながらも延々とやり続ける人(確認作業を続ける人)がいる。

その人はもう、ゲームをやること以外の時間のつぶし方が見つからなくなっているのかもしれない。

ゲームと違う事、例えばテニスなどのスポーツやボーリングなどの娯楽、ドライブやサイクリング、登山やジムでの水泳、写真や絵画、動物園や水族館、歌や楽器などなど様々な楽しめることで世の中溢れ返っているのだが、そういう事を勧めてもこう言うだろう。

「いや、ゲームの方が楽しいから」

そう言って家に帰ってゲームをやりながらこうつぶやくのである。

「なんだこのクソゲーつまんね」

それはそのゲームソフトがつまらないだけなのでは?と思うかもしれない。

しかしそうではない。

もうゲームをやりすぎて楽しく感じられなくなっているのだ。

他の趣味をするのは「面倒くさい」

しかいゲームは「面白くない」

なぜこのようになってしまったのか?

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思い出補正は何もゲームだけではない。

何故、ゲームという選択肢しかなくなってしまったのか?

それは、青春を過ごす間に、それ以外の思い出を作れなかったからである。

体を動かしたり、何かゲーム以外の物に夢中になっていた人は、

大人になってからも、ゲーム以外の物に対して

「あ、あれ面白かったよなぁ。やってみるか」と向かうことが出来るのである。

例え経験がなかったとしても、他のものに夢中になったことがあれば、色々なものに夢中になることが出来るのである。

そして、初めての体験なら、新鮮な気持ちで楽しむことが出来るのである。

だが、ゲームだけずっとしてきた人は違う。

ソフトが違おうがなんだろうが、人がスタートからゴールまでを決めたものをコントローラーを使って遊ぶことだけをしていた人は、他の物の楽しみ方が分からないかもしれない。

ゲーム以外にも何かしていた人は、つまらないと感じたらそっちに逃げることもできる。

しかし、ゲームだけの人はもう脳みそがゲームしか楽しみ方が分からなくなってしまっているかもしれない。

 

だから、他のもので楽しめず、ゲームの評価では「全然面白くない」という事を事細かに理由も付けて書き

「面白くないよな?なっ?」と他者と繋がろうとするのだろう。

面白く感じていない人はとっくに卒業して他のものに向かっているのである。

しかし、ゲームしかしていない人はそれが出来ない。

もうつまらないと感じているゲームを追いかけ続けるしかないのだ。

だから温度差ができるのだ。

久しぶりにゲームを買い

「おぉゲームなんて懐かしいなぁへぇ楽しい」と言う人と

事前からストーリーや設定、システムなどの情報の悪い部分を探し、

「あぁ思った通りの欠点だよ」と言う人

つまらないと感じるのならやらなくてもいいのである。

「そんな事言うと、ゲーム業界潰れるよ、いいの?」と

ドヤ顔で言う人もいるが、

知ったこっちゃないのである。

ゲーム業界に身内がいるわけでもなし、

需要がなければ潰れるだけなのだ。

だから案外「つまらない」と酷評しつつも、買い支えている低評価野郎たちは

ゲーム業界にとってありがたい存在なのかもしれない。

ゲームがつまらないのに他の趣味も面倒くさく感じてしまう人達はどうすればいいのか?

もう手遅れである。

 

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